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新潟地方裁判所 昭和44年(ワ)165号 判決

原告 三井物産株式会社

右代表者代表取締役 水上達三

右訴訟代理人弁護士 柏木薫

同 川津裕司

被告 日新燃料株式会社

右代表者代表取締役 品田通世

〈ほか一名〉

右被告両名訴訟代理人弁護士 野島豊志

被告 京阪煉炭工業株式会社

右代表者代表取締役 西田小太郎

右被告訴訟代理人弁護士 坂本正寿

同 藤村英

被告 多々羅義博

〈ほか九一名〉

右被告ら訴訟代理人弁護士 高橋寿一

同 宮崎梧一

主文

一、被告日新燃料株式会社は原告に対し、別紙物件目録記載の建物について新潟地方法務局受付第三五三一九号をもってなされた所有権移転請求権仮登記の本登記手続をせよ。

二、別紙当事者目録記載の被告らは被告日新燃料株式会社が前項の本登記手続をなすことにつき承諾せよ。

三、原告が一項の本登記手続を経由したとき、被告日新貨物株式会社は原告に対し、別紙物件目録中建物の部(1)記載の建物より退去してこれを明渡せ。

四、原告の被告京阪煉炭工業株式会社に対する請求は、これを棄却する。

五、訴訟費用中被告京阪煉炭工業株式会社との間に生じた費用は原告の負担とし、その余の費用は被告京阪煉炭工業株式会社を除くその余の被告らの負担とする。

事実

第一、当事者双方の求める裁判

一、原告

主文一ないし三項同旨。被告京阪煉炭工業株式会社は、原告が被告日新燃料株式会社に対する主文一項の本登記手続を経由したときは、別紙物件目録記載の建物から退去してこれを明渡し、かつ同目録記載の機械器具の引渡しをせよ。訴訟費用は被告らの負担とする。

二、被告ら

原告の請求をいずれも棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。

第二、当事者の主張

(請求原因)

一、原告は、被告日新燃料株式会社(以下単に被告日新燃料という)と昭和四二年四月二一日に商取引基本契約を締結したが、更に同年一二月二〇日、同被告が原告に対して現に負担しまた将来負担する商品代金・手形金・借入金・前受金・損害金その他商取引上もしくはこれに関連して生ずる一切の債務の支払担保のため、同被告所有の別紙物件目録記載の建物及び機械器具(以下建物だけを指すときは本件建物といい、機械器具を含めていう場合は本件建物等と記述する)につき、債権元本極度額二、五〇〇万円、期限後の損害金日歩五銭とする根抵当権を設定すると同時に、右被告が手形交換所の取引停止処分等により期限の利益を失ったときは、本件建物等を時価評価額で代物弁済として取得しても異議なき旨の代物弁済予約の契約を締結し、右代物弁済予約につき同年同月二六日、新潟地方法務局受付第三五三一九号をもって所有権移転請求権仮登記を経由した。

二、原告は被告日新燃料に対し、昭和四二年一二月より昭和四三年二月までの間に、輸入無煙炭一、八〇七・三九メトリックトンを売渡したが、同被告は右売買による買掛金債務一、〇八四万七、三二四円を支払わないまま、昭和四三年五月七日手形不渡を出して倒産した。

三、原告は、昭和四四年二月一五日到達の内容証明郵便をもって、被告日新燃料に対し前記取引による売掛代金債権一、〇八四万七、三二四円およびこれに対する昭和四三年五月八日から昭和四四年二月一四日までの間日歩五銭の割合による約定遅延損害金一五三万四、八九六円の合計一、二三八万二、二二〇円の債権の代物弁済として、本件建物等の所有権を取得する旨の代物弁済予約完結の意思表示をした。

四、本件建物等については、別紙当事者目録記載の被告らのために原告より後順位の一般の先取特権保存の登記がなされている。

五、被告京阪煉炭工業株式会社(以下単に被告京阪煉炭という)は本件建物等全部を同日新貨物株式会社(以下単に被告日新貨物というは)本件建物のうち別紙物件目録建物の部(1)記載の建物をそれぞれ占有使用しているが、原告が前記仮登記に基づく本登記手続を経由した場合、右被告両名はいずれも原告に対抗できる権原なくして占有していることになる。しかして同被告らにおいて適時任意の明渡又は引渡の履行をしないことが十分推知されるので、訴訟経済上本訴において予めその請求をなす必要がある。

六、よって、被告日新燃料に対し、本件建物につき代物弁済予約完結に基づく前記仮登記の本登記手続を、別紙当事者目録記載の被告らに対し、原告のなす右本登記手続の承諾を、被告京阪煉炭および同日新貨物に対し、右本登記手続がなされることを条件として右被告らの占有にかかる本件物件の明渡(被告京阪煉炭に対してはあわせて機械器具の引渡)を求める。

(被告らの答弁)

一、被告日新燃料、同日新貨物

(一) 請求原因一項ないし三項の事実は認める。同五項中被告日新貨物が別紙物件目録建物の部(1)記載の建物を占有使用している事実は認める。

(二) 原告主張の代物弁済契約は本来の代物弁済契約ではなく、単にその形式を借りて目的物件から債権の優先弁済を受けうるにずぎない一種の担保契約である。そして、本件建物等の価格は原告の債権額の数倍で両者間に合理的均衡を失する場合であり、他方本件建物等には先取特権を有する別紙当事者目録記載の被告らがいるのであるから、原告は右被告らとの間で清算をする必要がある。

そこで、清算を行うにつき原告ら関係者間で任意処分するか、さもないとしても原告が前記代物弁済予約と併せて有する抵当権の実行によってその清算は可能である。

それ故に、原告は被告日新燃料に対して本件仮登記の本登記手続を求める利益はない。

(三) 右に述べたような性質の代物弁済契約においては、原告が本件建物等につき先取特権を有している別紙当事者目録記載の被告らに対して行使できる権利は、原告の債権について優先弁済を主張してその満足をはかる範囲に限られ、右先取特権登記前に所有権移転請求権の仮登記手続を経由している原告といえども、先取特権者の被告らに対し本登記手続を求める権利はない。

しからば、本件建物の所有者である被告日新燃料に対して、本登記請求権の行使を認めることは無意味に帰するから、この場合かかる本登記請求権は発生しないと解するのを相当とする。

(四) 被告日新貨物は、昭和三七年一〇月一日、特定貨物運送業を開始するにあたり、被告日新燃料から別紙物件目録建物の部(1)記載の建物のうち一階を事務所として賃借し、被告日新燃料と賃借部分を共用してきた。

仮りに被告日新貨物の右賃借権が原告に対抗し得ないものとしても、被告日新貨物は右建物を明渡した場合、営業が著しく困難となりかつ原告は被告日新燃料との代物弁済契約以前から被告日新貨物の占有の事実を知っていたものであるから、明渡を請求することは信義則・公序良俗に反し権利の乱用である。

二、被告京阪煉炭

(一) 請求原因一ないし三項のうち原告が本件建物等について主張どおりの仮登記手続を経由していることは認めるが、その余の事実は知らない。五項中被告京阪煉炭が本件建物等全部を現に占有使用している事実は認めるが、その余の主張は争う。占有の開始は昭和四三年四月一日からである。

(二) 原告の被告京阪煉炭に対する本件建物等の将来の明渡請求権は成立しない。

被告京阪煉炭に対する明渡請求は、本登記を経由することを条件とする将来の履行を求めているものであり、仮登記のままで現在の給付請求をなしているものではなく、被告京阪煉炭は、原告の主張を争っているから予め請求しておく必要があるというのである。しかしながら、被告京阪煉炭は、昭和四三年三月一四日、被告日新燃料から本件建物等を賃借し、同年四月一日右物件の引渡しを受けて占有を開始したものであって、原告の本登記の欠缺を主張しうる第三者であり、原告が本登記をするまで、本件建物等の転貸あるいは賃借権の譲渡ができ、それに伴う占有の移転もすることができる立場にある。ところが、原告の被告京阪煉炭に対する所有権に基づく本登記を条件とする将来の明渡請求ができるということになれば、原告は、右請求の権利を被保全権利として、被告京阪煉炭に対し占有移転禁止の仮処分ができることになるから、つまりは本件建物等について原告が本登記をするまでにおける正当視すべき被告京阪煉炭の占有移転を制約するという不当な結果を招き、かくては実質的に仮登記に本登記的効力を認めることにならざるを得ない。したがって、原告の被告京阪煉炭に対する将来の明渡請求権は、占有移転禁止の被保全権利になることを考慮すれば、成立する余地はあり得ない。

(三) かりに、原告の本件代物弁済予約の予約完結権の行使が有効であるとしても、被告京阪煉炭は本件建物等の賃借権をもって原告に対抗できるものである。

(1) 被告京阪煉炭が、昭和四三年三月一四日、被告日新燃料から新潟工場の本件建物等および仙台工場の土地・建物・機械器具を賃借する契約を締結し、期間の定めのないままに同年四月一日右各物件の引渡を受けて国鉄用ピッチ煉炭製造を開始したのである。一方原告は、本件建物等に対し、被告京阪煉炭が賃借したときより先だつ昭和四二年一二月二六日、新潟地方法務局第三五三一八号をもって根抵当権設定登記を、同法務局第三五三一九号をもって代物弁済予約を原因とする所有権移転請求権仮登記を各経由した上、同四四年二月一四日、原告は被告日新燃料に対し、右の代物弁済予約にもとずき債務の支払いに代えて右物件の所有権を取得する旨意思表示をなしている。

(2) ところで民法三九五条は、同法六〇二条に定めた期間をこえない賃貸借は抵当権の登記後に登記したものでもこれをもって抵当権者したがってまた競落人に対抗することができると規定している。右趣旨は多言するまでもないが、抵当権は抵当目的物の交換価値を取得せしめるに止まりその使用価値の利用は設定者に委ねることを本則とするものであるから、賃貸借の期限が短期であり、しかも賃料等の条件が合理的なものであれば、その賃借権を甘受せしめ、目的物の利用価値を維持せんとするにある。本件についてみるに原告は、抵当権の実行ではなく代物弁済の予約完結権を行使しているが、もし原告が、本件建物等について抵当権を実行して来た場合、被告京阪煉炭が民法三九五条による短期賃貸借の保護を受けて、右物件の賃貸借を原告したがってまた競落人に対抗しうるものであることは明らかであろう。しからば代物弁済にもとずく場合には、右の賃借権の保護はあり得ないだろうか。そもそも本件代物弁済予約は清算型代物弁済予約であり、単に代物弁済の形式を借りて目的物件から債権の優先弁済を受けようとしているにすぎないのであって、その実質は抵当権と何ら異るところはない。とすれば、前述の短期賃貸借の保護の必要は抵当権実行の場合と全く異ならないのであるから、本件の場合、原告は抵当権の実行により自ら競落人となって所有権を取得したのとは何ら異らないというべきである。よって民法三九五条は、清算型代物弁済予約の場合にも準用されるべきであり、被告京阪煉炭は、民法三九五条による短期賃貸借の保護を受けて、右物件の賃借権を原告に対抗しうる。

(四) 留置権の抗弁

かりに百歩譲って、被告京阪煉炭が原告に対し本件建物等の明渡義務があるとしても、被告京阪煉炭は、原告に対して原告が本件建物等の所有権取得と共に被告日新燃料から承継することになる一、〇〇〇万円の敷金返還請求権について留置権を行使する。

被告京阪煉炭は、昭和四三年三月一五日、被告日新燃料からその所有にかかる新潟市所在の本件工場建物及機械器具一切ならびに仙台市所在の仙台工場土地建物及機械器具一切を一括して賃借するに当り、延滞賃料その他賃借人が賃貸人に対して負担することあるべき債務の支払いを担保するため、一、〇〇〇万円の敷金を差入れ被告日新燃料はこれを受領した。

しかして、原告の本件代物弁済予約の完結権の行使が認容され、本件建物等が原告の所有に帰することになれば、右により原告は旧所有者被告日新燃料の被告京阪煉炭に対する敷金関係を当然承継することになるから、被告京阪煉炭に対して一、〇〇〇万円の敷金返還債務を有する。

よって、被告京阪煉炭は、原告が被告日新燃料から承継した敷金一、〇〇〇万円の支払いと引換でなければ、本件建物等について明渡すことはできない。

(五) 原告の本件代物弁済予約完結権の行使と被告京阪煉炭に対する本件建物等の明渡請求は権利の濫用である。

(1) 被告日新燃料は、昭和四三年三月初旬に経営的に全く行詰り事業継続は不能となり、同年五月七日には遂に手形不渡を出して倒産した。この間同年四月一日から被告京阪煉炭が、被告日新燃料より本件建物等を賃借し、鉄道用煉炭を製造するようになったのは、日本国有鉄道(以下国鉄という)から鉄道用煉炭の製造並びに納入を強く懇請されたこと、右にあわせて被告日新燃料の従業員を救済し、かつ本件建物等の企業施設を維持しその最大限の利用を計ることのためである。

(イ) 国鉄が経営する事業の社会性・公共性は今さらいうまでもない。かなりの鉄道が電化されたとはいえ、東北および新潟地方における鉄道はその多くをピッチ煉炭を燃料とする蒸気機関車に依存しており、特に貨物の運搬および豪雪地帯の東北乃至裏日本の冬期の運送は全面的に蒸気機関車に頼らざるを得ない状態である。

ところが、従来、仙台及新潟地方の国鉄用ピッチ煉炭の納入を一手に引受けていた被告日新燃料が経営困難で製造継続が不能という事態になると、たちまち昭和四三年四月以降の右地区における国鉄の運行に重大な支障を来たす、しかし、周知のとおり国鉄は全面電化・ディーゼル化という基本方針のもと蒸気機関車の使用を漸減し、あと三年乃至五年でピッチ煉炭の利用が停止する状況下では、新規業者を選定することは不能で、結局国鉄ピッチ煉炭の大手製造業者の被告京阪煉炭において、被告日新燃料の施設を利用して国鉄への納入を継続してくれと、国鉄からの懇請があり、被告京阪煉炭も止むなく、長年世話になった国鉄のため、赤字になることを承知のうえで、東北および新潟地方におけるピッチ煉炭の製造を始めたものである。よって被告京阪煉炭の仙台、新潟両工場における事業経営は、その利益追及のためというより、国鉄のためであって、その社会性・公共性は極めて大きいものといわねばならない。

(ロ) 右に加えて、被告日新燃料の倒産により、同社に勤務していた多くの従業員が路頭に迷うことが予測され被告日新燃料においては、解雇されあるいは退職した従業員に対し、その後の生活を考慮する力も退職金を支払う能力もないことが明らかであったので、被告京阪煉炭が、本件建物等を賃借して事業を経営し、その賃貸料をもって従業員の退職金に充てるとともに、被告日新燃料の従業員を被告京阪煉炭の従業員として新規採用すれば、従業員の救済にもなると考えた次第である。

(ハ) さらに、被告日新燃料の所有する工場および機械器具等の物的設備は、現状有姿のまま一体としてピッチ煉炭の製造のために有機的に活用してこそ始めて価値あるものである。又、前述のとおり、国鉄ピッチ煉炭の製造を新たに行う業者はなく、一体としての売却処分は不能であり、処分するとすれば、単なるスクラップとしてでしかできない。

しかし、尚稼動可能なこの物的設備を賃借して使用することは、被告日新燃料の債権者ないし従業員の債権確保のためにもなるとの観点も加え、被告京阪煉炭は賃借に踏み切ったものである。

(2) 本件建物等には、原告よりも先順位の抵当権者として、安田火災海上保険株式会社(債権額一、〇〇〇万円と一、五〇〇万円)および商工組合中央金庫(債権額二、〇〇〇万円)が存在しており、その被担保債権額は合計で四、五〇〇万円にも達する。

本件建物等の価額をかりに、原告主張のとおり一、九八〇万円とするならば、原告はいかなる実益をもって本件建物等を代物弁済によって取得しようというのであろうか。先順位抵当権者から抵当権を実行されれば、原告が取得する金員は全くなく、本件建物等を代物弁済によって取得することは全く無意味とならざるを得ない。

原告は本件建物等を取得した後、現在被告京阪煉炭が営業している事業を継続する意思はないようである。しからば、原告は何の必要あって本件建物等を所有せんとするのであろうか。

(3) 結局のところ、原告は、被告京阪煉炭が前記のような事情の下で、本件建物等を賃借していることを知悉し、さらに被告京阪煉炭・国鉄・被告日新燃料の元従業員に重大な影響を強いることを知りながら、一方原告自らに何らの実益がないにも拘らず、被告京阪煉炭に対し本件建物等の明渡を求めて、被告京阪煉炭から何らかの利益を取得しようとする意図のもとに、本件代物弁済予約完結権を行使したものであるといわざるを得ない。

(4) 原告の本件代物弁済予約の性質は、目的物件から債権の優先弁済を受けようとしているに過ぎないものであるから、抵当権の実行による方法を取れば足りるのではなかろうか。

原告が、本件代物弁済予約完結権を行使して本件建物等の所有権を取得しても何らの実益がないのに反し、被告京阪煉炭が本件建物等を明渡してその営む事業を中止した場合、国鉄および被告日新燃料元従業員並びに本件建物等の価値に生ずる損害は、社会的・公共的利益と関連して、あまりにも大きい。

従って、原告の本件代物弁済予約の予約完結権の行使並びに被告京阪煉炭に対する本件建物等の明渡の請求は、権利の濫用であって認められないものである。

三、別紙当事者目録記載の被告ら

(一) 請求原因中被告日新燃料が倒産したこと及び四項の事実は認めるが、その余の事実は知らない。

(二) 被告多々羅ほか九一名は、被告日新燃料株式会社の元従業員であったが、同被告会社が倒産したので昭和四三年三月三一日解雇せられ、同被告会社に対し退職金・解雇予告手当の債権を有するので、原告が先に根抵当権設定登記および代物弁済予約による所有権移転請求権仮登記を経由した本件建物等について、昭和四三年四月二八日頃それぞれ右一般先取特権保存の登記をした。

右の如く会社従業員の退職金等の労働債権のために特定不動産上に登記された一般先取特権は、同一不動産上の先順位の担保権(仮登記された代物弁済予約上の権利を含む)に優先するものである。その理由は、つぎのとおりである。

(1) 民法三三六条は、不動産につき登記をなさざる一般先取特権に関する規定であって、同条は登記をなした場合については直接何ら規定していない。しかし同条は、一般先取特権は、不動産について登記をしないときは、登記をした第三者に対抗することができない旨を規定しているから、反対解釈として、一般先取特権は、不動産について登記をしたときは、登記をした第三者に対しても対抗できる、との趣旨を推論する余地があり得る。

(2) 民法三三五条は、登記をなした一般先取特権に関する規定であり、同条三項が、一般先取特権者は、同条一・二項の要件を全うする限り、「登記ヲ為シタル第三者」に対してもその先取特権を行うことができる趣旨を宣明したのは、登記をした一般先取特権は、登記の先後を問わず、抵当権等の担保権に優先することを規定したものである。

(3) 退職金等の労働債権は、その雇傭会社の倒産等により退職を余儀なくされて初めて発生するものであるから、会社所有の不動産に対し、他の担保権者に先んじて、予めその登記をしておくことは、その性質上不可能である。

しかも会社倒産の続出する現状において、倒産後に残されたものは多額の担保権を負担した不動産のみで他には見るべき何らの財産もないというのが通常であるから、登記の先後によって優劣を決する一般原則に従うときは、従業員が労働債権の支払をうけることは殆ど不可能事というべく、会社従業員たるもの、安んじて労働に従事することができないこととなる。

労働者若しくは労働債権の地位は、民法制定当時と比べて著るしく向上し、会社更生法第一一九条の二は、労働債権の一部をもって共益債権として遇している程である。蓋し会社財産の保全、増大に尽した従業員の功績に報いるためと人権尊重の趣旨に出たものであろう。

以上の不都合を回避し、且つ近時の風潮に鑑みるとき、民法三三五条は、登記ある一般先取特権は、先順位担保権者の損害を最小限にすることに留意しつつも、それに優先することを規定したものであって、同条は、不動産登記法第六条にいわゆる「別段ノ定」に該ると解すべきものである。

(4) 右の如く解するときは、取引の安全を害するとの非難があり得ようが、会社従業員の退職金等は、会社である以上当然予測のできる事柄であって、会社債権者は、そのことを予測しながら会社と取引関係を結んだものというべきであるから、右の非難は必ずしも当らないのである。

(被告らの主張に対する原告の答弁)

一、原告が被告日新燃料となした本件代物弁済に関する合意の性質は、いわゆる清算的代物弁済の予約である。

昭和四三年六月六日現在における本件建物の評価額は四〇〇万円であり、機械器具のそれは一、五八〇万円であるから、本件代物弁済の予約時における価額もそれと大差がないものと思料する。

二、被告日新燃料・同日新貨物の答弁(二)ないし(四)の主張は争う。

三、被告京阪煉炭の賃借権及び短期賃貸借の抗弁は争う。被告主張の賃借権は、本件仮登記後本登記を経由するまでの間になされた中間処分によるものであって、本件の本登記内容の実現と牴触するもので、原告に対抗できない。

留置権の抗弁も争う。敷金返還請求権のために賃借物につき留置権は認められない。賃借人の賃借物返還義務に先履行義務が課せられているからである。

のみならず、本件一、〇〇〇万円の敷金は、被告京阪煉炭の主張するところによれば、本件建物等のほか仙台市所在の工場・土地・建物等を一括して賃借するに当り、延滞賃料その他賃借人が賃貸人に対して負担することあるべき債務の支払のために差入れたというのである。そして、本件建物等と仙台市の賃借物に関し敷金の額について内訳がなく、しかも仙台市の物件の賃貸借が終了して目的物が返還された旨の主張も立証もない。したがって、敷金全額について返還請求権を行使できる時期は未だ到来していない。

権利濫用の抗弁もまた争う。

四、別紙当事者目録記載の被告らは、同被告らが有する先取特権が原告の本件代物弁済予約上の権利より優先すると主張するが、その順位は登記の前後によって定まるのであって失当である。

第三、証拠関係≪省略≫

理由

(被告日新燃料・同日新貨物に対する請求について)

一、請求原因一ないし三項の事実及び被告日新貨物が別紙物件目録建物の部(1)記載の建物を占有していることは当事者間に争がない。そこで、以下右被告両名の主張の当否について検討する。

二、訴の利益を欠くとの主張について。

本件代物弁済の予約が、原告の売掛金債権担保のために根抵当権と併存させて締結されたものであることは原告の主張するところであり、更に弁論の全趣旨に徴すると、右の合意は形式を代物弁済にとりながらその実質において担保権と同視すべきところ、本件建物等の評価額が原告の債権額を超えるため、債権者の原告においていわゆる清算義務を負担している場合であると認められる。

被告らは、原告が清算義務を果すためには、原告・被告日新燃料及び先取特権を有する別紙当事者目録記載の被告ら間において本件建物等を任意処分してその代金を清算するか、原告が抵当権の実行の申立をすれば足りるとして本件訴の利益がないと主張するのである。

しかし、原告がなすべき清算の方法は、債権者である原告の選択に委ねられているのであって、任意処分または抵当権の実行を先に行わなければならないと解すべきものではない。したがって、被告らが主張する理由付で訴の利益を欠くというのは独自の見解であって採用できない。

三、被告日新燃料に対する原告の本登記請求権が不発生であるとの主張について。

被告らは、原告が先取特権を有する別紙当事者目録記載の被告らに対して本件本登記請求につき承諾を求める権利がないから、被告日新燃料に対する本登記請求権も発生しないというのである。

しかし、被告日新燃料の本登記義務と別紙当事者目録記載の被告らの承諾義務は、それぞれ生ずる根拠を異にし、承諾請求の成否が本登記請求権自体の存否に何らの消長をもたらすものではない。のみならず、本件承諾請求の理由のあることは後述するとおりである。

四、被告日新貨物の賃貸借の主張について。

≪証拠省略≫によると、被告日新貨物の新潟営業所は、昭和三七年一〇月に新設され(なお、当時の商号は日新運輸株式会社であった)、そのときから別紙物件目録建物の部(1)記載の建物のなかに事務所を置いたのであるが、その使用権原が被告日新貨物の主張するような賃貸借であると認めるに足りる証拠はない。

もっとも、被告日新貨物代表者川井俊は、被告日新燃料との共用であったけれども賃借であると述べている。しかし、右供述は、賃借条件とりわけ賃料額及びその支払についての具体的事実関係に及ぶ部分は極めて不明確であって、結論的に賃借であると断定して述べているにすぎなく、その信憑性は低いものといわざるをえず、他に賃貸借を認めるに足りる証拠はない。

したがって、被告日新貨物の賃借権の主張も理由がなく採用できない。

五、被告日新貨物の権利濫用の主張について。

右権利濫用の主張は、その主張内容自体からみても権利濫用に該るとはいいかねるのみならず、前項で述べたとおり被告日新貨物の占有権原を肯認できないのであるから、なおその主張の理由のないことは明らかというべきである。

六、以上の次第で、被告日新燃料に対する本登記手続請求と被告日新貨物に対する右本登記手続の経由を条件とする別紙物件目録建物の部(1)記載の建物の明渡請求はいずれも理由がある。なお、明渡しについて予め請求しておくことの必要性は弁論の全趣旨に徴するだけでも優にこれを肯定できるものである。

(被告京阪煉炭工業株式会社に対する請求について)

七、≪証拠省略≫を綜合すると、請求原因一ないし三項の事実を認めることができ(但し、原告が本件建物等について主張の仮登記手続を経由していることは当事者間に争がない)、被告京阪煉炭が本件建物等全部を占有している事実は当事者間に争がない。

八、被告京阪煉炭の賃貸借の主張について。

≪証拠省略≫を綜合すると、被告京阪煉炭は昭和四三年三月一四日、被告日新燃料から同被告の新潟工場である本件建物等と仙台工場の土地・建物・機械器具を賃借する契約を締結し、同年四月一日に全物件の引渡しを受け、期間の定のないまま以後ひき続き本件建物等を使用して国鉄用ピッチ煉炭の製造を行っていることが認められる。

ところで、原告の本件代物弁済の予約が本来の代物弁済ではなくその実質において担保権と同視すべきものであることは、さきに二項において述べたとおりである。

とするならば、被告京阪煉炭の前記賃借権は、本件仮登記後本登記までの間になされたいわゆる中間処分に基づくものではあるが、民法三九五条を類推適用し同条所定の短期賃貸借に該るものとして、その賃借権をもって原告に対抗できると解するのが相当である。

九、してみれば、被告京阪煉炭に対する明渡等請求は、その他の争点を判断するまでもなく理由がない。

(別紙当事者目録記載の被告らに対する請求について)

一〇、請求原因一ないし三項の事実は、前記七項に掲記した各証拠によって認定でき、被告らが本件建物等につき原告主張のとおりの先取特権の登記手続を経由していることは当事者間に争がない。

右の事実関係においては、原告の本件本登記手続がなされた場合、被告らはその先取特権をもって原告に対抗できないのであるから、不動産登記法一四六条の利害関係を有する第三者として、原告が本件本登記手続をなすにつき承諾する義務がある。

被告らは、退職金等の労働債権のために特定不動産上に登記された一般先取特権は、同一不動産上の先順位の担保権(仮登記された代物弁済予約上の権利を含む)に優先するとの見解を述べているが、労働債権のための一般の先取特権であるとしても、優先するか否かは登記の前後によって決定する一般原則に従うものであって、右の見解に賛成することはできない。

(結び)

一一、よって、原告の本訴請求中被告京阪煉炭工業株式会社に対する部分は失当として棄却し、その余の被告らに対する請求はいずれもこれを認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法九二条、九三条一項各本文に則り、主文のとおり判決する。

(裁判官 正木宏)

〈以下省略〉

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